レーザー計測を用いたMEMS技術の融合による火炎と壁面の干渉機構の解明

李 敏赫, 王 道遠, 坂本 慧, 王 梓悦, 水野 智貴, 鈴木 雄二

概要

 今後さらなる高効率化・排出ガスのクリーン化が求められる内燃機関,可搬型エネルギー源への応用が期待されるマイクロ燃焼器において,壁面と火炎の干渉は,火炎のダイナミクス,および燃焼機構に大きな影響を与えている.壁面は,流体力学的な境界条件を規定することによって火炎構造を変化させているが,同時に,熱的境界条件,すなわち壁面での熱損失も重要な影響因子である.火炎から近傍の壁面に熱が吸収されることによって火炎温度が低下すると,化学反応速度が遅くなって最終的には消炎に至る(熱的消炎).さらに,近年,火炎中に存在する活性物質(ラジカル)が壁面での表面反応によって破壊されることによっても,燃焼機構が大きな影響を受けることが明らかになった(化学的消炎).

火炎と壁面の干渉効果

 本研究では,壁面の熱的・化学的境界条件を系統的に変化させた場合の壁近傍の燃焼機構を,火炎温度・ラジカル分布のレーザー計測,ラジカルの放電生成による非燃焼場での表面反応計測,気相詳細反応と表面反応を組み込んだ数値解析を用いて詳細に検討し,火炎と壁面の熱的・化学的な干渉効果の物理現象を明らかにすることを目的としている.また,一般的に1000 K以上の温度を持つ火炎(熱炎)における効果のみならず,1000 K以下の比較的に低温領域において形成される火炎における影響にも注目している.冷炎は,低温酸化反応とよばれる酸素付加と異性化のシーケンスを経た燃料の連鎖分岐反応(Chain-branching reaction)により支配される火炎である.冷炎と低温酸化反応は,圧縮着火エンジンにおける自着火や,火花点火エンジンにおけるノッキング現象等と密接に関連しており,予混合圧縮着火(Homogeneous charge compression ignition, HCCI)エンジンの着火過程における低温熱発生(Low-temperature heat release)の段階でも現れる.従って,冷炎および低温酸化反応の研究は,高効率かつ低環境負荷の燃焼技術の開発において非常に重要である.しかし,冷炎における壁面の干渉効果に関しては,まだ報告されたことがない.また,冷炎では,ホルムアルデヒド(HCHO)や一酸化炭素(CO)といった中間生成物が多量存在するなど,火炎の生成メカニズムが高温における酸化反応とは根本的に異なるため,熱炎とは異なる取り扱いが必要となる可能性がある.以下には,熱炎と冷炎における壁面の干渉効果の解明と共に,壁温を非接触で計測するためのMEMS無線温度センサの開発に関して紹介する.

熱炎における壁面の干渉効果

 本研究では,平行平板チャネル内メタン・空気予混合火炎を対象として,石英,アルミナおよび金属壁面における化学的消炎効果を実験計測および数値解析により検討した.ポーラスバーナーにより形成された火炎と接触する平行石英板の表面に,MEMS技術を用いて厚さ約100 nmの異なる材質の薄膜を形成し,等価な熱的境界条件の下で,気相・表面反応の相互干渉を顕微OH-PLIF(Planar laser-induced fluorescence, PLIF)により計測を行った.また,気相・表面の詳細反応を考慮した数値解析を用いて,壁面の活性度を評価した.その結果,Tw > ~1073 Kの高温条件では,化学的効果が壁近傍の火炎構造に強い影響を及ぼし,アルミナ,石英,SUS321の順で,壁面近傍のOH濃度が減少することを示した.また,表面反応が吸着律速であることから,詳細数値解析の結果と計測データの比較から,壁面に衝突したラジカルの吸着確率に相当する初期吸着係数が,アルミナ,石英,SUS321に対して,ほぼ0,0.01,0.1であることを明らかにした.また,壁温が1000 ºC(1273 K)℃の場合,着火温度がアルミナとSUS321で200 ºC℃以上異なることから,大きな化学的効果が存在することを示した.

a) OH-PLIF計測装置,b) 薄膜形成した石英プレート(Saiki et al., 2013, 2015)

燃焼実験の様子(後述する石英流路内の冷炎計測の場合)

アルミナ,石英,SUS321,インコネル壁面上におけるOHラジカルの相対濃度と壁面距離の関係(Saiki et al., 2013, 2015)

石英,SUS321,インコネル壁面上におけるOHラジカル濃度分布の比較(Saiki et al., 2015)

冷炎における壁面の化学的干渉効果

 本研究では,東北大学の丸田らにより開発された温度分布制御型マイクロフローリアクタ(Yamamoto et al.., 2011)において,火炎が反応温度領域に応じて熱炎,青炎,および冷炎とに分離されたWeak flameが現れることを利用し,壁面がWeak flameに与える化学的干渉効果に関して調べる.内幅1.5 mmの矩形断面を有するマイクロフローリアクタの両側を赤外線ヒーターを用いて加熱し,流れ方向に約380 K/cmの温度分布を付けた.DME(Dimethyl ether)と空気の予混合気を,流速1.5 cm/s,当量比0.85の条件で流し,石英チャンネル内でWeak flameを形成した.また,火炎と接触する内壁にステンレスや鉄などの金属材料の薄膜(150 nm厚)を形成した状態でWeak flameを形成し,HCHO-PLIF,OH-PLIFといったレーザー計測とガスクロマトグラフィーを用いて,火炎中の主要成分の濃度分布計測を行った.

(a)マイクロフローリアクタの構造,(b)火炎帯の分離の模式図(Wan et al., 2019)

 計測結果は,ステンレス表面上のWeak flameにおいて,石英表面上のWeak flameに比べ,冷炎を形成する低温領域におけるCOとHCHOの濃度および燃料の消費量が減少し,熱炎への高温着火が下流側にシフトする傾向を示す.鉄やニッケル表面においても,定性的に同様な傾向が示された.また,NTC(Negative temperature coefficient)領域におけるDMEの濃度増加が計測されたが,この結果は表面反応による燃料の再合成を示唆している.以上の結果により金属表面における表面反応がWeak flameのラジカルプールの形成に大きく影響することが明らかになった.以上の実験結果を定量的に説明できる表面反応機構の構築が,今後の課題として残っている.

石英表面とステンレス表面におけるWeak flame中のHCHO濃度分布の比較(Wan et al., 2019)

 一方,冷炎における壁面の干渉効果をより詳しく調べるため,燃料と酸化剤の予混合気を加熱板に衝突させることにより,壁面近傍において定常な冷炎を形成する方法を新しく提案した.同軸ノズルバーナーの中心ノズルと外側の環状ノズルから,平均流速50 cm/s,当量比0.2のDME /酸素予混合気と窒素二次流れをそれぞれ噴射し,ノズル出口から15 mm離れた表面温度700 Kの加熱板に衝突させた時に,壁面に沿って冷炎が安定化することを実験的に確認した.また,冷炎中のHCHOとCO濃度分布および火炎温度分布を計測し,既存のDME反応機構を用いて計算した数値解析結果との比較を行った.その結果,DMEの低温反応性を抑えるため,QOOHラジカル(hydroperoxyalkyl radical)分岐反応の速度比を修正した栗本らの反応モデル(Kurimoto et al., 2015)が妥当性を示すことを明らかにした.現在,本実験装置を冷炎の着火・消炎特性の調査や,多用な燃料における低温酸化反応機構の妥当性評価などへの応用を展開している.

DME/酸素予混合気の壁面への衝突による冷炎形成とHCHO-PLIF結果(Lee et al., 2019)

 さらに,加熱板の火炎と接触する表面に,MEMS技術を用いて数百nmの薄膜を形成することで壁面の化学的な境界条件をコントロールし,異なる材料が冷炎の空間的分布に与える影響を調べた.その結果,ニッケル表面上で形成された冷炎では,SiO2表面に比べ,HCHOとCO濃度および火炎温度が低下することが判り,冷炎においても壁面材料により顕著な化学的干渉効果が現れることを明らかにした.また,ニッケル表面における表面反応により,低温酸化反応の抑制効果を初めて実験的に示した.今後,多用な先端計測技術を応用して,低温酸化反応に適用可能な表面反応モデルの構築を図っていく予定である.

SiO2とニッケル表面で形成された冷炎分布の比較(Lee et al., 2018)

燃焼場に適用可能な無線温度センサの開発

 火炎と壁面との干渉効果では,壁面温度が重要なパラメータであるが,従来の接触型センサでは,温度場を乱す可能性があり,燐光を用いる光学的測定法では,内燃機関などの場合は光学アクセスを可能とする窓を設置する必要があった.そこで,本研究では,非接触で壁面温度・熱流束を計測することのできる無線センサの開発を進めている.センサは,LCR直列共振回路で構成され,温度変化に伴ったセンサの抵抗値あるいは静電容量の変化を,センサコイルと電磁結合した外部コイルにおける共振周波数の変化として読み取る方式である.

電磁結合を用いた無線温度センサの動作原理

 センサのプロトタイプは,両側に18 μm厚の銅箔を持つ,12.5 μm厚のポリイミド基板を用いて試作した.銅箔をエッチングすることでコイルとキャパシタ電極をパターニングし,スパッタを用いて1 mm角サイズの金薄膜の抵抗体を形成することで,LCR閉回路を構成した.ポリイミド基板を採用することにより,本センサは300 ºCまで使用可能であり,良好な可撓性を有することから,曲面への貼付けも可能であるという特徴を持つ.センサの性能評価のため,センサの雰囲気温度を常温から200 ºCまで変化させながら,ネットワークアナライザを用いてセンサと電磁結合した読み取り用コイルのインピダーンス位相角変化を測定した.その結果,約6.2 kHz/ºCの周波数感度を得た.本センサを,簡易可視化エンジン(Mark III, Megatech)のシリンダ壁温測定に応用した.ガラスシリンダの内壁にセンサを接着し,エンジン稼働時のクランク角変化による壁面温度変化を測定した.エンジンの回転速度は720 rpmであり,共振周波数の測定間隔は1.2 ms(約5.1 ºCAに相当)である.その結果,平均的に約144 ºCを示す壁温が,着火後に約 44 ºC程度上昇することを計測できた.

ポリイミド基板センサ(Kwan et al., 2017 / 李ら, 2018)

簡易可視化エンジンのクランク角変化による壁温変化計測結果(Kwan et al.., 2017)

センサのさらなる性能向上のため,センサの等価回路モデルにおける感度解析結果に基づき,温度測定原理の再考を行った.その結果,共振の鋭さを表す Q 値が高い場合は静電容量変化型が,低い場合は抵抗値変化型のセンサがより高い測定感度をもたらすことを明らかにした.そこで,本研究では静電容量変化型の無線温度センサの開発を進めている.ポリイミド基板上に原子層堆積装置を用いて200 nm厚のアルミナ誘電膜を形成し,マスクレスレーザ露光装置とリフトオフプロセスを用い100 nm厚のクロム櫛歯電極を形成した.200 nm厚のアルミナ誘電膜をサイド形成し,酸素プラズマエッチングを用いて電極下部の基板を除去することで,基板の誘電率変化による影響を抑えた.従来の抵抗変化型センサに比べQ値が約60倍向上でき,温度測定の不確かさは±2 ºCと見積もられる.

静電容量変化型センサの(a)写真および(b)断面構造(Lee et al., 2019)

共同研究者:
范 勇 主任研究員(産業技術総合研究所)
丸田 薫 教授(東北大学)
齋木 悠 准教授(名古屋工業大学)
Yiguang Ju 教授(プリンストン大学)
Olaf Deutschmann 教授(カールスルーエ工科大学)

プロジェクト: 日本学術振興会科学研究費 国際共同研究強化(B)「冷炎における壁面効果の解明と制御」(代表:鈴木雄二)

最近の発表論文

熱炎における壁面の化学的干渉効果

  • Saiki, Y., Kinefuchi, I., Fan, Y., and Suzuki, Y.,
    "Evaluation of H-atom Adsorption on Wall Surfaces with a Plasma Molecular Beam Scattering Technique,"
    Proc. Combust. Inst., Vol. 37, pp. 5569-5576, (2019).
    (doi:10.1016/j.proci.2018.08.061)
  • Fan, Y., Saiki, Y., Sanal, S., and Suzuki, Y.,
    “H-TALIF Measurement for Wall Radical Quenching Modeling in Microscale Combustion,”
    J. Phys.: Conf. Ser., Vol. 1052, 012040 (2018).
    (doi:10.1088/1742-6596/1052/1/012040)
  • Fan, Y., Lin, W., Wan, S., and Suzuki, Y.,
    “Investigation of Wall Chemical Effect Using PLIF Measurement of OH Generated with Pulsed Electric Discharge,”
    Combust. Flame, Vol. 196, pp. 255-264 (2018).
    (doi:10.1016/j.combustflame.2018.06.005)
  • Saiki, Y., Fan, Y., and Suzuki, Y.,
    “Radical Quenching on Metal Surface in a Methane-air Premixed Flame,”
    Combust. Flame, Vol. 162, pp. 4036-4045 (2015).
    (doi:10.1016/j.combustflame.2015.07.043)
  • 斎木 悠, 鈴木 雄二,
    「マイクロチャネル内メタン・空気予混合火炎における金属壁面の化学的消炎効果」
    日本燃焼学会誌, 55巻, pp. 80-87, (2014).
    (CiNii)
  • 齋木 悠, 鈴木 雄二,
    「マイクロ燃焼場における壁面の熱的・化学的効果」
    日本燃焼学会誌, 第55巻172号, pp. 138-146, (2013).
    (CiNii)
  • Saiki, Y., and Suzuki, Y.,
    “Effect of Wall Surface Reaction on a Methane-Air Premixed Flame in Narrow Channels with Different Wall Materials,”
    Proc. Comb. Inst., Vol. 34, Issue 2, pp. 3395–3402, (2013).
    (doi: 10.1016/j.proci.2012.06.095)

冷炎における壁面の化学的干渉効果

  • Lee, M., Fan, Y., Reuter C.B., Ju, Y., and Suzuki, Y.,
    “DME/Oxygen Wall-Stabilized Premixed Cool Flame,”
    Proc. Combust. Inst., Vol. 37, pp. 1749-1756, (2019).
    (doi:10.1016/j.proci.2018.05.059)
  • Wan, S., Fan, Y., Maruta, K., and Suzuki, Y.,
    “Wall Chemical Effect of Metal Surfaces on DME/air Cool Flame in a Micro Flow Reactor,,”
    Proc. Combust. Inst., Vol. 37, pp. 5655-5662, (2019).
    (doi:10.1016/j.proci.2018.05.165)

燃焼場に適用可能な無線温度センサの開発

  • 李 敏赫, 權 兌鎭, 森本 賢一, 鈴木 雄二,
    エンジン燃焼室の壁温計測のためのMEMS無線温度センサの開発,”
    JSAE Engine Review, 8巻, 8号, pp. 16-20, 2018.
  • Kwan, T., Lee, M., Morimoto, K., and Suzuki, Y.
    “Cylinder Wall Temperature Measurement in the Optical Engine Using a Flexible Wireless Sensors,”
    The 9th International Conference on Modeling and Diagnostics for Advanced Engine Systems (COMODIA 2017), Okayama, Japan, Jul. 25-28, (2017), A203.
    (doi:10.1299/jmsesdm.2017.9.A203)
  • Lee, M., Morimoto, K., and Suzuki, Y.,
    "Development of MEMS Wireless Wall Temperature Sensor for Combustion Studies,"
    Meas. Sci. Tech., Vol. 28, No. 3, 035101 (2017).
    (doi:10.1088/1361-6501/aa54cf)

最終更新: 2019-04-01