熱流動・伝熱の最適設計・最適制御

呉 承哲, 金 書群, 陳 俊宇, 岩淵 滉明, 芥子川 利貴, 鈴木 雄二,森本 賢一

概要

 本研究では,様々なスケールの熱流体デバイス・システムを特徴付ける熱流動現象の最適設計・最適制御手法を開発し,数値解析・実験計測やMEMSプロトタイプの試作によって,その有効性を実証することを目指している.以下に4つの研究例を紹介する.

(1) 固液相変化問題における形状最適化手法の開発
本研究では,様々な製造プロセスや蓄熱システムにおける相変化を伴う伝熱制御問題への実応用を視野に入れ,随伴解析を用いた形状最適化手法の拡張を進めている.そのための第一段階として,現在までに相変化境界の移動を考慮した伝熱促進用フィンの形状最適設計問題を対象とし,凝固を伴う熱伝導問題における形状最適化手法を構築した.現在,粒子法ベースの高解像度解析手法の構築を進め,形状最適化に及ぼす空間解像度依存性を評価するとともに,フィン内熱伝導と相変化流体の温度連成を考慮した随伴解析の定式化を行い,フィン効果が最適形状に及ぼす影響を調べることにも着手している.

凝固促進用フィンの形状最適化 (Morimoto et al., 2016)

(2) コンパクト熱交換器の形状最適設計
近年,省エネルギー・低環境負荷を実現する観点から熱流体システムの高効率化への期待が高まり,従来型熱交換器の高性能化・小型化に対する要請は一段と増している.
 従来用いられてきた熱交換器の伝熱促進技術は,
1) フィンによる前縁効果(温度境界層の発達の阻害)
2) 渦促進体(流れ方向に軸を持つ渦運動の導入),
3) 表面粗さ(剥離・再付着による伝熱促進),
4) 一次伝熱面の変形/加工(2次流れの誘起)
を利用した方法に大別される.上記 1) ~ 3) の場合,一般に,伝熱促進を得るのに要する圧力損失が極めて大きく,乱流域で用いられる場合のみ有効な手法である.本研究では,層流域(レイノルズ数 100ー500 程度)で高い熱流動性能を示すものとして,斜め波状壁熱交換器を提案し,波状壁の傾き角・振幅を適切に選択することにより,正方形断面直管ダクトからなる 対向流型熱交換器を 60% 以上コンパクト化できることを示している.さらに,伝熱・圧力損失特性を同時に考慮した評価関数を用いて,随伴熱流動解析に基づく熱交換器の形状最適化手法を斜め波状壁熱交換器に適用し,単純な波状壁に比べてj/f因子をさらに約4%向上できることを示した.相変化を伴う気液2相流系への応用として,本伝熱促進コンセプトをバイナリーサイクルに適した形状を持つプレート熱交換器に適用し,試作機の製作および性能実証実験に成功している.また,本伝熱促進コンセプトに基づき,二重管式乱流熱交換器における新規伝熱促進技術を提案した.現在,実用レイノルズ数域における形状最適化のための乱流伝熱解析手法の構築を進めている.

斜め波状壁を持つ対向流熱交換器の形状最適設計 (Morimoto et al., 2010)

プロジェクト: 民間企業との共同研究

(3) 液滴操作のための超撥液面の開発
本研究では,マイクロ流体デバイスにおける液滴操作技術の高性能化・高機能化を実現する観点から,エレクトレット上の液体誘電泳動(Liquid dielectrophoresis on electret: L-DEPOE)を用いた液滴操作に関する研究を進めている.液滴の基板上での輸送,分離,合体などの操作には,エレクトロウェッティング,液体誘電泳動が多く用いられるが,駆動に必要な電圧が比較的高いという課題がある.L-DEPOEでは,エレクトレットの持つ1 kV程度の表面電位を電圧源として用いるため,原理的に低電圧による駆動が可能であり,集積回路を用いたデジタルマイクロ流体デバイスに適する駆動技術として期待される.絶縁体に電荷を注入させてエレクトレットと,2枚の電極の間に誘電液体を挟み,外部コンデンサをスイッチ切替で左右の電極どちらかに接続させることで,静電ポテンシャルが非対称となり,誘電液体に静電力が作用し,外部駆動源を必要とせずに液滴を左右に駆動することが可能である.L-DEPOEの回路網モデルを構築し,その動作原理を明らかにするとともに,MEMS技術により試作したプロタイプデバイスにおいて, 手動スイッチ,あるいは直流電圧を駆動源としたリレーを用いてナノリットルオーダーの誘電液体を可逆的に輸送できることを実証した (Wu et al., 2010).表面張力の小さい有機液体に対しては,ピン止め条件・ぶら下がり条件と同時に,圧力バランスと界面曲率に対する条件を考慮した幾何学的な設計規則を定式化することにより,わずかなアンダーカットを施したT字型形状がロバストな3次元構造として適していることを示した(Wu and Suzuki., 2011).また,液体中でのエレクトレットの表面電荷の安定性に対する検討を行い,異なるポリマー材料,コーティング方法に対して表面電圧の変化を評価した.さらに,L-DEPOEデバイスにおける液滴運動の軌跡について数値シミュレーションとの比較を行い,ナノリットルオーダーの液滴輸送において,接触角ヒステリシスが抵抗力において支配的であることを明らかにした.

 L-DEPOEは外部電源を必要としない液滴駆動方法ではあるが,エレクトロウェッティングに比べて液滴速度が遅いことが欠点である.そこで,本研究では,水および油を含む種々の液体に対して接触角が150°以上となる超撥液面(Superlyophobic surfaces: SLS)を用いて,液滴速度向上を目指している.これまで,MEMS技術を用いてSiピラー構造を持つSLSを製作し,濡れ性および流体力学的な特性を系統的に評価した.さらに,電場が印加された場合のCassie状態の安定性について,ピラー構造のピッチ,直径,高さを系統的に変えて検討を進めている (Song et al., 2016).さらに,電圧印加状態における気液界面の変形量のレーザー計測を行い,Cassie状態がWenzel状態に遷移する場合に,Pull-inおよびElectrowettingの2つの崩壊モードが存在することを示した.そして,2つのモードのモデルを構築することにより,どちらの崩壊モードが発生するかの指標を提案し,本研究における計測値,および過去の研究における実験データが説明できることを示した(Chen et al., 2016).さらに,これらの知識を活かし,液体中でも安定なエレクトレット面の開発を進めている.

超撥液性を示すピラー構造群(a)SU-8, (b)CYTOP, (c)SiO2キャップを持つSiピラー、図中の白色バーはいずれも10um(Chen et al., 2019)

ピッチ80umのSU-8ピラー上の気液界面の変形の計測結果(a)電圧0V, (b)電圧140V, (c)電圧240V(Chen et al., 2019)

(4) 半導体パルスレーザなどの電子デバイス内における非定常温度分布の最適制御
本制御では,最適な制御入力分布を随伴熱伝導解 析により算出する.ここでは,基板表面に配した薄膜ヒーターによるジュール加熱を制御入力とし,素子内部に埋め込めれた活性層内の温度変動を最小化した. パルスレーザの発光時間幅を1usと仮定した数値シミュレーションの結果,レーザ発光以前に制御熱入力を加えることにより,活性層内の温度変化を80%以上低減できることを示した.また,制御用ヒーターと活性層間の固体層(クラッド層)におけるフーリエ数が温度変動を抑制する上で支配的なパラメータであることを明らかにした.さらに,MEMS技術を用いたマクロスケールモデルにおいて,本制御により温度変化を顕著に低減できることを実証した.

随伴解析を用いた非定常熱伝導の最適制御のためのテストデバイス (Ito and Suzuki, 2011)

最近の発表論文

概説

  • 森本 賢一, 鈴木 雄二,
    「最適形状設計・最適制御に基づく高性能熱流体機器の開発に向けて」,
    伝熱, Vol. 55, No. 231, pp. 30-35 (2016).

固液相変化問題における形状最適化

  • Kinoshita, H., Suzuki, Y., and Morimoto, K.,
    “Meshless-analysis-based Shape Optimization in Conjugate Heat Transfer Problems,”
    9th JSME-KSME Thermal Fluid Eng. Conf. (TFEC9), Okinawa, TFEC9-1407 (2017)
  • Morimoto, K., Kinoshita, H., and Suzuki, Y.,
    "Adjoint-based Shape Optimization of Fin Geometry for Heat Transfer Enhancement in Solidification Problem,"
    J. Therm. Sci. Tech., Vol. 11, No. 3, JTST0040, (2016).       (doi:10.1299/jtst.2016jtst0040)

層流/乱流熱交換器の形状最適設計

  • Morimoto, K., Jin, S., and Suzuki, Y.,
    “High-Performance Double-Pipe Turbulent Heat Exchangers with V-Shaped Oblique Wavy Walls,”
    9th Int. Symp. Turbulence, Heat and Mass Transfer (THMT’18), Rio de Janeiro, pp. 569-572 (2018).
  • Morimoto, K., Goto, Y., and Suzuki, Y.,
    “RANS-based Adjoint Analysis for Shape Optimization of High-performance Turbulent Heat Exchangers,”
    9th JSME-KSME Thermal Fluid Eng. Conf. (TFEC9), Okinawa, TFEC9-1618 (2017).
  • Morimoto, K., Suzuki, Y., and Kasagi, N.,
    "Optimal Shape Design of Compact Heat Exchangers Based on Adjoint Analysis of Momentum and Heat Transfer,"
    J. Therm. Sci. Tech., Vol. 5, No. 1, pp.24-35 (2010).
    (doi:10.1299/jtst.5.24)
  • Morimoto, K., Suzuki, Y., and Kasagi, N.,
    "High Performance Recuperator With Oblique Wavy Walls,"
    Trans. ASME: J. Heat Transfer, Vol. 130, Issue 10, No. 101801, 10pp (2008).
    (doi:10.1299/jtst.5.24)

L-DEPOEを用いた低電圧液滴駆動

  • Wu, T.-Z., and Suzuki, Y.,
    “Liquid Dielectrophoresis on Electret: A Novel Approach Towards CMOS-driven Digital Microfludics,”
    J. Adhes. Sci. and Technol., Vol. 26, pp. 2025-2045 (2012).
    (doi:10.1163/156856111X600208)
  • Wu, T.-Z., Suzuki, Y., and Kasagi, N.,
    " Low-voltage Droplet Manipulation Using Liquid Dielectrophoresis on Electret,"
    J. Micromech. Microeng., Vol. 20, Issue. 8, No. 085043, 8pp (2010).
    (doi:10.1088/0960-1317/20/8/085043)

高速液滴駆動のための超撥液マイクロピラー構造の開発

随伴方程式に基づく半導体レーザーの高時間応答最適温度制御

  • Morimoto, K., and Suzuki, Y.,
    “Adjoint-Based Optimum Thermal Control of Laser Diodes,”
    15th Int. Heat Transfer Conf., Kyoto, (2014).
  • Kim, M., Ito, S., Morimoto, K., and Suzuki, Y.,
    “Optimum Temperature Control of Micro Devices Under High-speed Thermal Disturbances,”
    25th IEEE Int. Conf. Micro Electro Mechanical Systems (MEMS’12), Paris, pp. 1085-1088, (2012).
  • Ito, S., and Suzuki, Y.,
    "High-speed Transient Temperature Profile Control Using Adjoint-based Optimal Control Scheme,"
    ASME/JSME 8th Thermal Engineering Joint Conference, Honolulu, AJTEC2011-44574, 4pp (2011).

最終更新: 2019-04-03